2019/9/21
ダニエル・エクが音楽配信サービスSpotifyを立ち上げたのは2006年のこと。
2年後のサービス開始から約10年でユーザー数は世界2億3200万人にまで拡大した(19年7月現在)。
いまや大ヒット曲の目安として、Spotifyでの再生回数が引き合いに出されることも珍しくない。
当初は、頑固な音楽レーベルからライセンスを取得して無料配信するなんて絶対無理!と、出資者が見つからなかったが、エクの決意は変わらなかった。
それは音楽を愛する人々に、「世界中の音楽が自分のポケットに入っている感覚」は、絶対支持されるという確信があったから。
とはいえ、その交渉過程で「髪の毛が1本もなくなった」と苦笑するエクに、リード・ホフマンが話を聞いた(インタビューが行われたのは18年5月29日)。
ホフマン 組織面について教えてください。
会社が大きくなり始めたのはいつごろですか。
エク 会社をどう大きくするかについては、いつもとても意識していて、シリコンバレーの多くの人の経験を参考にしました。
なかでも、組織拡大をシステム設計のように考えるアプローチに共鳴しました。
あまり凝ったシステムにすると、スピードが遅くなるし、応用がきかない。
現在の2〜3倍くらいをめどに設計するのがいい。
これは私がずっと守ってきた指針です。
(写真:CHESTER HIGGINS JR/The New York Times)
また、多くの問題はテクノロジーを駆使することでかなり軽減できますから、技術者を多く雇うことも心がけています。
理系のバックグラウンドがいいとか、そういうことではなく、全員がエンジニアとして考え、行動することが重要だと思っています。
今、私が取り組んでいる最も厄介な問題の一つは、社内のコミュニケーションです。
何か問題が起きたとき、どうすればいいか、誰に助けを求めればいいか、といったことを効率的に把握できるコミュニケーションのインターフェースが必要です。
でも、スラックやワークプレイス(フェイスブックの企業向けSNS)などのツールは、皮肉にも会社を二分してきました。
かつては、「会社で何が起きているか全部知りたい」というグループが大半でしたが、今は
「情報が多すぎる。こういう情報は送らないでくれ」
というグループが出てきたのです。
ホフマン 社内の透明性の高さがSpotifyの重要な価値観の一つだそうですね。
エク ええ。社員は基本的にあらゆる社内文書やデータにアクセスできます。
それは、たくさんの情報があるほど、よりよい決断を下せるという考え方に基づいています。
意図的な「情報隠し」のようなものは一切ありません。
それが自分たちのやっていることについて幅広い理解を得ることを可能にし、興味深いアイデアを広める助けになってきたと思います。
ホフマン スケール面で、スウェーデンならではのユニークなことはありましたか。
エク たくさんあると思います。スウェーデンの企業の非常にいいところは、伝統的に比較的フラットな構造になっていることでしょう。
集団での意思決定が重視されることも特徴です。
かなりのインプットなしに、1人が重要な決定を下すことはめったにありません。
集団決定には時間がかかりますが、結果的には、より考え抜かれた決断を下すことができます。
Spotifyもこのやり方を基本的に維持しています。
(写真:Antoine Antoniol/GettyImages)
その一方で、採用面ではスウェーデン式を改善する必要があります。
スウェーデンでは制度上、社員1人を正式に採用するのに3〜4カ月かかります。
これはスタッフを急いで増やしたいときに、大きな足かせになります。
多様性の確保といった問題も、主要企業になったことで生じてきた問題です。
みんな5時に退社してオフィスが空っぽになってもいいのか、それはいいカルチャーなのか、悪いカルチャーなのかといった問題もあります。
これは私たちが、どのような働き方の会社にしたいかという意思の問題でもあります。
Spotifyでは、社員がデスクの横に寝泊まりすることはありません。
もちろん1日8時間労働をきっちり守っているわけではありませんが、ファミリーライフもとても重要であり、スウェーデン企業のそうしたカルチャーは維持しています。
社員は入社時に、スウェーデンに関する研修を1〜2回受けます。
このときスウェーデンのユニークな側面や、あまり知られていない文化的側面も教えています。
これは全社員がストックホルムを1週間訪問する制度とともに、ある程度まとまった企業文化をつくる助けになっていると思います。
ホフマン スウェーデンに関する研修のハイライトを教えてください。
エク 個人的に一番気に入っているのは、「アレマンスレッテン(allemansrätten)」という概念です。
直訳すると「万人のアクセス権」という意味で、これはスウェーデンの中核をなす考え方です。
たとえば、あなたがスウェーデンに土地を持っている場合、誰でもその土地を通過することができますし、十分な広さがあるなら、24時間テントを張ることもできます。
このような私有と公有に関する考え方は、少なくとも同じレベルでは、ほかの国には存在しません。
スウェーデンではすべての所有がパブリックなのです。
すべてです。
非常に小さな社会なので、人々の信頼関係がその最大の基礎をなします。
他人をひどい目に遭わせることは許されません。
また、約束は守らなくてはいけません。
口約束でも、約束は約束です。このためスウェーデン人の信頼を勝ち取るのは難しいのですが、いったん信頼を勝ち取ると、それはさまざまな側面で大きな役割を果たします。
こうした考え方が組織に浸透すると、地位や上下関係が非常にささいなものだと気づきます。
最終的に重要なのは信頼なのです。
また、何かをやると宣言したら、それを根気よく続けることで、かなり上達できる。
Spotifyが上場企業としてやろうとしているのも、まさにそういうことです。
ウォール街にはカルチャーショックだったようですが。
(写真:Bruno KleinCamera Press/アフロ)
ホフマン 音楽はSpotifyの企業文化にどう織り込まれているんですか。
エク 毎週金曜日の夜、いろいろなアーティストがオフィスに来て演奏してくれます。
これは社員向けのイベントというだけでなく、たいていユーザーも楽しめるように「生放送」したり録画をしたりして公開しています。
Spotifyのスタッフも音楽好きが多く、元プロのミュージシャンもかなりいて、社内バンドもたくさんあります。
金曜日の夜に、外からバンドが来ない場合は、社内バンドがプレーします。
ERG(従業員リソースのグループ)のイニシアチブで、ピアノやギターや歌を無料で習えるクラスもあります。
ホフマン ドラムをたたけるスタジオもありますか。
自宅でできない人のために。
エク スタジオがあるんですが、今は使える時間が限られています。
みんなが一日中たたくので、どんなに防音対策をしても、音漏れがするとクレームが出てしまったんです(笑)。
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