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【必見】失敗こそ、「最高の学び」だ

2019/9/21本の要約サイト「フライヤー」とコラボし、毎週土曜日に話題のビジネス本の要約をお届けする「10分読書」。短時間で本の中身を学ぶことができ、現代のビジネスパーソンにぴったりの内容になっている。
ぜひ、週末のひとときで新たな知識を手に入れてほしい。「あの企業は上場を果たし、新店舗を続々出している」そう聞くと、経営も順風満帆だと思うだろう。しかし、内実はそうとは限らないこともある。かつては業界をリードしていても、破綻した企業も少なくない。今回の本は、中堅・中小企業23社の破綻の事例を通じて、経営における「失敗の定石」を明らかにしていく。失敗は、一つの判断ミスから起こる。事象を細分化して突き詰めていけば、どこがその原因になったかという転換点を特定できるはずだ。人口減少が本格化する今、企業間での顧客の奪い合いは激化していく。経営者は変化に対応すべく、あらゆる経営手法を見直す必要に迫られることだろう。しかし、経営の方向転換にはリスクが伴う。それを軽減するためにも、他社の失敗事例を学ぶことはますます重要となるだろう。特に企業の経営に関わる人には、自社の状況を振り返りながら熟読してほしい。

会社に「不可欠な職種」優れた業態を生み出しても、内実が伴わなければ経営不振に陥る。この事実を教えてくれるのが、ピザ店「Napoli’s PIZZA&CAFFE」の運営などをしていた遠藤商事・ホールディングスだ。同社は2011年、東京・吉祥寺に客単価3000円程度のイタリア料理店「ピッツェリア バール ナポリ」をオープン。これを皮切りに、他社と共同で「ナポリス」100店を目指すFC店運営会社を設立し、多店舗経営を始めた。誰もがピザを上手く焼けるという窯や生地伸ばし機をセットし、アルバイトでも1枚90秒で本格ピザが提供できる仕組みを構築。

(写真:LauriPatterson/iStock)それが評価され、飲食業界を変える優れたベンチャー企業として表彰を受けるほどだった。しかし、急成長に伴い店舗拡大を急ぐあまり、人材育成が追いつかなくなった。だが、社長は100店達成の目標実現に向け、いったん出した店の撤退を嫌った。さらに利益が出なくなったFC店オーナーが撤退を申し出ても、社員による支援を強化するなどして、別の策を講じて、何とか撤退を回避しようとした。ところが、出店は金融機関からの借り入れに頼って、行なっていたという状況。そのため、負債が増えて思うように融資を受けられなくなると、資金繰りが苦しくなった。次第に取引先への支払いが滞るようになり、従業員への給与支払いもできなくなった。彼らが出社しないようになると、一部の店は閉店に追い込まれた。そのような中、手元の資金はさらに減少。ついには営業を続けられず破産に至った。「ナポリス」の業態自体は優れたものであり、業界内外から注目を集めていた。しかし、いかに優れたビジョンを持っていても、少ない投資で成長できるITベンチャーと、設備投資などに多くのお金を要する飲食ビジネスとでは、かかる費用が決定的に異なる。失敗の原因は、出店費用を甘く見て、手元資金の重要性を理解していなかったことにあるだろう。財務に明るい人間が社内にいなかったことも影響したと考えて良い。

(写真:IJdema/iStock)急成長中の「落とし穴」続いての一例は、シリーズ累計250万部を超える大ヒット絵本『こびとづかん』で知られる長崎出版だ。同社は、2014年に東京地方裁判所から破産手続き開始決定を受け、ファンの間で衝撃が走った。『こびとづかん』は2006年、児童書出版社から転職してきた編集者が入社早々に出したヒット作。このブームで、業績が右肩上がりで伸びていった。だが、特定の商品に頼る事業構造の脆弱さに気づいていた当時の社長は、次の収益の柱を求めた。その結果、本業と離れた投資を繰り返すようになったが、これがつまずきの始まりだった。多角化を狙った投資で、少なくとも2億円以上の損失を被ったと見られる。経理や財務は社長が管理していたが、お金にルーズなところがあった。そのため、著者への印税支払い漏れが頻発。社外の活動が増えると、その傾向に拍車がかかり、編集者が不信感を抱いてしまったのだ。さらには、2012年に『こびとづかん』の担当編集者が辞職。その人物は、『こびとづかん』のキャラクターグッズの権利を管理していた関連会社の顧問に就任した。著者との出版契約が見直され、最終的に長崎出版は『こびとづかん』の出版権を失った。社長のスポンサー探しも失敗に終わり、同社は営業停止となった。ヒット商品の誕生は、経営者の手腕によるものもあれば、時の運もある。さらに急激に売上が上がることで、事業継続に必要な運転資金も加速度的に増える。

こびとづかんのメインキャラクター「カクレモモジリ」(写真:Imaginechina/アフロ)だが、その勢いのまま積極投資をした結果、過剰債務が残って経営破綻につながる場合や、慢心から社員の信頼を失う場合も多い。その途端に管理の難易度も上がっていく。この事例からは、急成長期こそ土台固めが重要という教訓が引き出せる。なぜ「時代遅れ」になるのかどんなに優れたビジネスモデルでも、時代とともに陳腐化していく。その状況から立て直しを図れず、そのまま沈んでしまった事例を次に紹介しよう。高額宝飾品の輸入販売会社として、高い知名度を誇っていた平和堂貿易。同社の売上高は、1990年代前半には120億円以上もあったという。好調の理由は「舶来品」にいち早く注目したこと。海外高級腕時計の販売代理店契約を結び、百貨店テナントに卸販売をするというモデルで、業績を伸ばした。欧米ブランド信仰が強い消費者から支持を集め、自社名をセットにして売り出すことによって、会社の知名度を高めていった。しかし高額商品の市場が縮み、欧米高級ブランドが日本法人を設立するようになると、売上が減少傾向へ。加えて、社員の引き抜きも相次いだ。2015年9月期には約11億円と、90年代前半の10分の1にまで売上が縮小。だが、百貨店頼みではダメだと分かっていても、従来の売り方を変えられない。財務体質の改革も遅きに失した。次の方向性を見つけられないまま、ついに同社は自己破産に陥ってしまった。

(写真:DjelicS/iStock)「変化」に対応するスピードの遅さが要因になった例をもう一つ紹介しよう。大手広告代理店などからイベントの企画制作、運営を受注していたキッズコーポレーションだ。同社は、展示会や企業の社員総会など、幅広いイベントを手がけてノウハウを蓄積。2005年には日本国際博覧会(愛・地球博)の日本館企画制作、運営に携わるまでに成長していた。ところが、2008年のリーマン・ショックで国内景気が冷え込んだことに伴い、翌年から仕事が減少し始める。だが、社長らはこの影響は徐々に薄らぐと判断。この結果、てこ入れに踏み切る時期が遅れた。さらに2011年には、東日本大震災が起こり、イベントを中止する企業が続出。成果主義の賃金体系にしていた従業員の給与水準が下がったことに伴い、人材流出が起きた。こうしたことが業績悪化につながり、取引先への支払い遅延が発生。さらに「経営状態が厳しい」という話が業界内に広まり、信用不安は拡大の一途をたどった。新規案件の受注やファクタリング会社の利用、経費の削減など、再建に向けた努力はしていた。しかし、いずれも対応が後手に回り、結果的に裏目に出てしまった。こんなトップは「危険」だビジネスモデルを変えるために狙った起死回生の一手が、時に倒産の引き金になることがある。それを示すのが、切り餅の製造を主力としていた「東京もち」だ。同社は冬場には切り餅、切り餅の売上が落ちる夏場にはフルーツゼリーを製造し、着実に事業を拡大していた。しかし同社は、商品開発力で大手企業の後塵を拝する。切り餅を個包装にし、原料も新潟産のもち米を使っていた大手企業。それに対して、東京もちの切り餅は個包装ではなく、原料も外国産のもち米などを粉末にしたもち粉を使うなど、売上に差がつき始めていた。

(写真:flyingv43/iStock)その結果、業績が徐々に下降。危機感を抱いた当時の社長は、年商の約1.5倍に当たる約9億円を借り入れ、個包装の切り餅を作る新工場を開設した。しかし販路を開拓できず、想定を下回る注文しか得られなかった。また、同時期に銀行から勧められた金融派生商品に手を出し、巨額の損失を出すことになる。追い打ちをかけるように、跡取りであった社長の長男が不慮の事故で他界。こうして、新工場に伴う借入金返済に資金繰りが追いつかず、破産申告に至った。トップが数字に弱かったことが、過大な設備投資と金融商品による損失を招いてしまったと言えよう。リスクは「どこからも来る」売れることと手元に資金が残ることは別の話である。続いては倒産でありがちな、資金繰りに失敗したケースだ。造船、鉄道、原子力発電向けの大型工作機械メーカーのホンマ・マシナリー。同社は、技術力を武器に、大型工作機械の分野で大きな売上を上げていた。しかしバブルの崩壊とともに、受注が減少。同社は2005年、「おおさか中小企業再生ファンド」に支援を申請するなどして、生産管理の強化やコスト改革を図った。にもかかわらず、リーマン・ショックや東日本大震災の影響を受けて、再び受注が低迷する。社長は金融機関に返済のリスケジュールを依頼。キャッシュフローの改善に努めた。海外営業にも尽力し、ロシアの鉄鋼メーカーから約10億円分の大型工作機械を受注した。しかし入金までに数年かかり、手元の資金が確保できず。さらには中国企業やインド企業の計10億円前後の債権が回収できないことが判明。破綻に至った。破綻の理由は3つある。①新興国取引におけるリスク対策が甘かったこと。②特定の業界に依存していたこと。③景気変動に翻弄され受注の波が激しかったことだ。外部環境の悪化が倒産の原因になることも多い。どんなに高い技術力を持っていても、環境変化への耐性が無ければ、会社は傾いてしまうのだ。

(写真:Sproetniek/iStock)最後に、組織の内部崩壊から倒産を招いたケースだ。化粧品のOEM(他社ブランドの製造)を手がけるプレスコである。同社は工場の生産効率や品質を向上させるため、複数の従業員を中途採用していた。だが、この中途組と経営陣が対立。2015年には従業員らの主導で、生産を一時停止するなどの混乱が生じた。これは同社が取引先に約300万円の賠償金を支払う事態にまで深刻化し、信用低下を招いた。さらに営業の統率が取れなかったことも、顧客開拓の足かせになった。中には、同社を退職して別会社を設立することを見込み、同社関連以外の商品を売り込む従業員までいたという。経営状態を把握し、打開策を考える体制も脆弱で、低迷に歯止めが掛けられず。資金繰りが苦しくなった同社は2016年4月、民事再生法の適用に至った。経営者には事業の構築力だけでなく、社員の人心掌握や数値管理などのマネジメントスキルも求められる。

2019/9/21本の要約サイト「フライヤー」とコラボし、毎週土曜日に話題のビジネス本の要約をお届けする「10分読書」。短時間で本の中身を学ぶことができ、現代のビジネスパーソンにぴったりの内容になっている。
ぜひ、週末のひとときで新たな知識を手に入れてほしい。「あの企業は上場を果たし、新店舗を続々出している」そう聞くと、経営も順風満帆だと思うだろう。しかし、内実はそうとは限らないこともある。かつては業界をリードしていても、破綻した企業も少なくない。今回の本は、中堅・中小企業23社の破綻の事例を通じて、経営における「失敗の定石」を明らかにしていく。失敗は、一つの判断ミスから起こる。事象を細分化して突き詰めていけば、どこがその原因になったかという転換点を特定できるはずだ。人口減少が本格化する今、企業間での顧客の奪い合いは激化していく。経営者は変化に対応すべく、あらゆる経営手法を見直す必要に迫られることだろう。しかし、経営の方向転換にはリスクが伴う。それを軽減するためにも、他社の失敗事例を学ぶことはますます重要となるだろう。特に企業の経営に関わる人には、自社の状況を振り返りながら熟読してほしい。

会社に「不可欠な職種」優れた業態を生み出しても、内実が伴わなければ経営不振に陥る。この事実を教えてくれるのが、ピザ店「Napoli’s PIZZA&CAFFE」の運営などをしていた遠藤商事・ホールディングスだ。同社は2011年、東京・吉祥寺に客単価3000円程度のイタリア料理店「ピッツェリア バール ナポリ」をオープン。これを皮切りに、他社と共同で「ナポリス」100店を目指すFC店運営会社を設立し、多店舗経営を始めた。誰もがピザを上手く焼けるという窯や生地伸ばし機をセットし、アルバイトでも1枚90秒で本格ピザが提供できる仕組みを構築。

(写真:LauriPatterson/iStock)それが評価され、飲食業界を変える優れたベンチャー企業として表彰を受けるほどだった。しかし、急成長に伴い店舗拡大を急ぐあまり、人材育成が追いつかなくなった。だが、社長は100店達成の目標実現に向け、いったん出した店の撤退を嫌った。さらに利益が出なくなったFC店オーナーが撤退を申し出ても、社員による支援を強化するなどして、別の策を講じて、何とか撤退を回避しようとした。ところが、出店は金融機関からの借り入れに頼って、行なっていたという状況。そのため、負債が増えて思うように融資を受けられなくなると、資金繰りが苦しくなった。次第に取引先への支払いが滞るようになり、従業員への給与支払いもできなくなった。彼らが出社しないようになると、一部の店は閉店に追い込まれた。そのような中、手元の資金はさらに減少。ついには営業を続けられず破産に至った。「ナポリス」の業態自体は優れたものであり、業界内外から注目を集めていた。しかし、いかに優れたビジョンを持っていても、少ない投資で成長できるITベンチャーと、設備投資などに多くのお金を要する飲食ビジネスとでは、かかる費用が決定的に異なる。失敗の原因は、出店費用を甘く見て、手元資金の重要性を理解していなかったことにあるだろう。財務に明るい人間が社内にいなかったことも影響したと考えて良い。

(写真:IJdema/iStock)急成長中の「落とし穴」続いての一例は、シリーズ累計250万部を超える大ヒット絵本『こびとづかん』で知られる長崎出版だ。同社は、2014年に東京地方裁判所から破産手続き開始決定を受け、ファンの間で衝撃が走った。『こびとづかん』は2006年、児童書出版社から転職してきた編集者が入社早々に出したヒット作。このブームで、業績が右肩上がりで伸びていった。だが、特定の商品に頼る事業構造の脆弱さに気づいていた当時の社長は、次の収益の柱を求めた。その結果、本業と離れた投資を繰り返すようになったが、これがつまずきの始まりだった。多角化を狙った投資で、少なくとも2億円以上の損失を被ったと見られる。経理や財務は社長が管理していたが、お金にルーズなところがあった。そのため、著者への印税支払い漏れが頻発。社外の活動が増えると、その傾向に拍車がかかり、編集者が不信感を抱いてしまったのだ。さらには、2012年に『こびとづかん』の担当編集者が辞職。その人物は、『こびとづかん』のキャラクターグッズの権利を管理していた関連会社の顧問に就任した。著者との出版契約が見直され、最終的に長崎出版は『こびとづかん』の出版権を失った。社長のスポンサー探しも失敗に終わり、同社は営業停止となった。ヒット商品の誕生は、経営者の手腕によるものもあれば、時の運もある。さらに急激に売上が上がることで、事業継続に必要な運転資金も加速度的に増える。

こびとづかんのメインキャラクター「カクレモモジリ」(写真:Imaginechina/アフロ)だが、その勢いのまま積極投資をした結果、過剰債務が残って経営破綻につながる場合や、慢心から社員の信頼を失う場合も多い。その途端に管理の難易度も上がっていく。この事例からは、急成長期こそ土台固めが重要という教訓が引き出せる。なぜ「時代遅れ」になるのかどんなに優れたビジネスモデルでも、時代とともに陳腐化していく。その状況から立て直しを図れず、そのまま沈んでしまった事例を次に紹介しよう。高額宝飾品の輸入販売会社として、高い知名度を誇っていた平和堂貿易。同社の売上高は、1990年代前半には120億円以上もあったという。好調の理由は「舶来品」にいち早く注目したこと。海外高級腕時計の販売代理店契約を結び、百貨店テナントに卸販売をするというモデルで、業績を伸ばした。欧米ブランド信仰が強い消費者から支持を集め、自社名をセットにして売り出すことによって、会社の知名度を高めていった。しかし高額商品の市場が縮み、欧米高級ブランドが日本法人を設立するようになると、売上が減少傾向へ。加えて、社員の引き抜きも相次いだ。2015年9月期には約11億円と、90年代前半の10分の1にまで売上が縮小。だが、百貨店頼みではダメだと分かっていても、従来の売り方を変えられない。財務体質の改革も遅きに失した。次の方向性を見つけられないまま、ついに同社は自己破産に陥ってしまった。

(写真:DjelicS/iStock)「変化」に対応するスピードの遅さが要因になった例をもう一つ紹介しよう。大手広告代理店などからイベントの企画制作、運営を受注していたキッズコーポレーションだ。同社は、展示会や企業の社員総会など、幅広いイベントを手がけてノウハウを蓄積。2005年には日本国際博覧会(愛・地球博)の日本館企画制作、運営に携わるまでに成長していた。ところが、2008年のリーマン・ショックで国内景気が冷え込んだことに伴い、翌年から仕事が減少し始める。だが、社長らはこの影響は徐々に薄らぐと判断。この結果、てこ入れに踏み切る時期が遅れた。さらに2011年には、東日本大震災が起こり、イベントを中止する企業が続出。成果主義の賃金体系にしていた従業員の給与水準が下がったことに伴い、人材流出が起きた。こうしたことが業績悪化につながり、取引先への支払い遅延が発生。さらに「経営状態が厳しい」という話が業界内に広まり、信用不安は拡大の一途をたどった。新規案件の受注やファクタリング会社の利用、経費の削減など、再建に向けた努力はしていた。しかし、いずれも対応が後手に回り、結果的に裏目に出てしまった。こんなトップは「危険」だビジネスモデルを変えるために狙った起死回生の一手が、時に倒産の引き金になることがある。それを示すのが、切り餅の製造を主力としていた「東京もち」だ。同社は冬場には切り餅、切り餅の売上が落ちる夏場にはフルーツゼリーを製造し、着実に事業を拡大していた。しかし同社は、商品開発力で大手企業の後塵を拝する。切り餅を個包装にし、原料も新潟産のもち米を使っていた大手企業。それに対して、東京もちの切り餅は個包装ではなく、原料も外国産のもち米などを粉末にしたもち粉を使うなど、売上に差がつき始めていた。

(写真:flyingv43/iStock)その結果、業績が徐々に下降。危機感を抱いた当時の社長は、年商の約1.5倍に当たる約9億円を借り入れ、個包装の切り餅を作る新工場を開設した。しかし販路を開拓できず、想定を下回る注文しか得られなかった。また、同時期に銀行から勧められた金融派生商品に手を出し、巨額の損失を出すことになる。追い打ちをかけるように、跡取りであった社長の長男が不慮の事故で他界。こうして、新工場に伴う借入金返済に資金繰りが追いつかず、破産申告に至った。トップが数字に弱かったことが、過大な設備投資と金融商品による損失を招いてしまったと言えよう。リスクは「どこからも来る」売れることと手元に資金が残ることは別の話である。続いては倒産でありがちな、資金繰りに失敗したケースだ。造船、鉄道、原子力発電向けの大型工作機械メーカーのホンマ・マシナリー。同社は、技術力を武器に、大型工作機械の分野で大きな売上を上げていた。しかしバブルの崩壊とともに、受注が減少。同社は2005年、「おおさか中小企業再生ファンド」に支援を申請するなどして、生産管理の強化やコスト改革を図った。にもかかわらず、リーマン・ショックや東日本大震災の影響を受けて、再び受注が低迷する。社長は金融機関に返済のリスケジュールを依頼。キャッシュフローの改善に努めた。海外営業にも尽力し、ロシアの鉄鋼メーカーから約10億円分の大型工作機械を受注した。しかし入金までに数年かかり、手元の資金が確保できず。さらには中国企業やインド企業の計10億円前後の債権が回収できないことが判明。破綻に至った。破綻の理由は3つある。①新興国取引におけるリスク対策が甘かったこと。②特定の業界に依存していたこと。③景気変動に翻弄され受注の波が激しかったことだ。外部環境の悪化が倒産の原因になることも多い。どんなに高い技術力を持っていても、環境変化への耐性が無ければ、会社は傾いてしまうのだ。

(写真:Sproetniek/iStock)最後に、組織の内部崩壊から倒産を招いたケースだ。化粧品のOEM(他社ブランドの製造)を手がけるプレスコである。同社は工場の生産効率や品質を向上させるため、複数の従業員を中途採用していた。だが、この中途組と経営陣が対立。2015年には従業員らの主導で、生産を一時停止するなどの混乱が生じた。これは同社が取引先に約300万円の賠償金を支払う事態にまで深刻化し、信用低下を招いた。さらに営業の統率が取れなかったことも、顧客開拓の足かせになった。中には、同社を退職して別会社を設立することを見込み、同社関連以外の商品を売り込む従業員までいたという。経営状態を把握し、打開策を考える体制も脆弱で、低迷に歯止めが掛けられず。資金繰りが苦しくなった同社は2016年4月、民事再生法の適用に至った。経営者には事業の構築力だけでなく、社員の人心掌握や数値管理などのマネジメントスキルも求められる。

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