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【櫻田謙悟】キャリアプランを立てるのは、やめろ

2019/9/24最大の転機はアジア開発銀行私のビジネスパーソンとして最大の転機は、アジア開発銀行で働いたことです。ここに行かなかったら、間違いなく社長にはなっていなかったでしょう。それだけ得るものが多かったのです。アジア開発銀行とは、アジア・太平洋地域諸国に開発資金を融資する国際金融機関です。貧困削減や生活水準の向上を目指して1966年に設立され、現在は67の国と地域が加盟しています。

アジア開発銀行の本部(写真:Eugene Alvin Villar, 2007)本部はフィリピン・マニラ。日本と米国が最大の出資国で、日本は歴代総裁も輩出しています。ちなみに前総裁は日銀総裁の黒田東彦氏です。職員は3000人、アジア屈指の規模の国際機関です。日本や米国のほか、インド、中国などアジア・太平洋地域の国々が職員を派遣しています。スタッフは役人や学者、私のようなビジネスパーソンなど多種多様ですが、そのほとんどが博士号を持っているか、弁護士や公認会計士といった専門職というプロフェッショナル集団です。「失敗してもいいやつを送れ」そんな機関に派遣されたということは、私が将来の幹部候補生として嘱望されていたと思われるかもしれませんが、残念ながらそうではありません。

「これからはアジアの時代だ」と当時の会長が言いだしたことが事の始まりで、たまたま私にその任が下ったのです。アジアを勉強するにはどこがいいのかと、識者や大蔵省に話を聞いたときにアジア開発銀行の名前が挙がったらしい。それが分かると会長はすぐに「誰か社員を送れ」と指示したそうです。これには続きがあって「ただし、失敗してもいいやつ、安田火災として失ってもいいやつを送れ」と。私自身も後になって聞いたのですが、ひどい話ですよね(笑)。会社としたら、是が非でも何か足がかりをつくってこいというより、成功したらもうけもの、くらいの感じだったのでしょう。今となっては、期待されていなかったことがかえって良かったと思います。

優秀な同期は欧米へもっとも当時の私はそんなことは聞いていません。そう会長から命を受けた副社長は私になんて言おうかと思ったでしょうね。副社長は私にこう言いました。「櫻田、この会社から初めての派遣だ。安田火災のことは何も考えなくていい。つまらないことは考えずに、のびのび思いっきりやってこい」。そう言われて、ジーンときて泣きそうになりました。

優秀な同期は欧米のビジネススクールに派遣されていたので、「どうしてアジアなのか?」とは思いましたけど。一見、順調そうに見える私のキャリアですが、実はそんな背景がありました。甘い会社はないだから若い人たちには、「○○会社に入って、30歳までに××して、40までには海外経験して」みたいな計画を立てるのは、やめろと言っているのです。その通りになりっこないから。

人事部はそんなこと考えていません。純粋に櫻田をどんな人間に育てたいかと考えている、そんな甘い会社はない。いかにうちの会社にとって一番使いやすくするかと考えているんです。自分でできることと言えば、与えられたチャンスをものにして、次につなげることだけ。そのために大事なのは、当たり前ですが目の前のことに一生懸命取り組むことだと思います。

誰かが言っていることを、レコーダーみたいにそのまま言っているだけの、首から上だけの人っているじゃないですか。それでは何の感動も生まない。とにかく自分の頭で考える。例えば、帳票1つを作る仕事でも、「もっと簡単にやる方法はないか」「もっと別の様式がないか」といったように頭を使う。チャンスをつかめないのは、「こんなの俺の仕事じゃない」と言っている人たちですよ。懸命に自分の頭で考えてやっていると「あいつにもっと面白い仕事をやらせようか」となりますからね。

受験で質問攻め会長のいわば鶴の一声で、私はアジア開発銀行に行くことになりました。トップは発言に気をつけなければいけませんね(笑)。ただし、アジア開発銀行は国際機関です。国際公務員という立場になるので、出向は認められません。このため正確には一度、会社を辞めています。その間は休職扱いになっていますから、退職金もその分少ないはずです(笑)。実は、アジア開発銀行の前に、ドイツのドレスナー銀行の投資顧問会社に1年ほど出向していました。オフィスは香港で、東南アジアからオーストラリア、ニュージーランドまでカバーしていました。企業のトップやCFO(最高財務責任者)にインタビューして、投資すべきかどうかを提案するのが私の仕事です。そこで働いているときに安田火災の本社から連絡があって、「アジア開発銀行を受験せよ」と言われたのです。

アジア開発銀行は受験して合格しないと入れません。まずエッセーを出して、その後3日間にわたりインタビューを受けます。これが一番きつかった。局長などに1回につき20分から30分、質問攻めにされるのです。例えば、「間もなく香港が中国に返還されるというとき、あなたならシンガポールと香港のどちらに投資顧問会社を置きますか? それはなぜですか?」「インドと中国を比べ、それぞれの最大の強みと弱みは何ですか?」といったことを聞かれます。幸い、直前まで在籍していた投資顧問会社で、そういったことを主要なテーマとしていたので、わりとすらすらと答えられました。ただし、私には大きなネックがありました。プロジェクトを回したことがない、ということでした。「ダムを造ったことがあるか?」「ない」。「ミャンマーの金融制度改革について大蔵省と話したことがあるか?」「ない」。面接官が業を煮やしたように「一体君はこれまで何をしてきたのか?」と聞くので、「投資顧問をして、その前は保険を売っていました」と答えました。次の「なんだ、それは? それでどういう専門性が身についたのか?」の質問にはうまく回答できず、落ちました。悪夢の始まり正直に言うと、ホッとしていました。「あんなプロフェッショナル集団に放り込まれたら勝負にならない。無理だ」と思っていましたから。しかし、不合格から半年後、今度は大蔵省から「空きのポストができた。ついてはもう一度受験しないか」という連絡が入ったのです。私だったら1回落ちているし、また駄目でも傷つかないだろうと、会社は思ったのでしょうね。

そこで再度、アジア開発銀行を受験することになりました。今度は英語力もついていたし、論文も英語で書くようになっていました。論文は厚さにして10センチくらい。事前に、マクロ経済学やカントリーアナリティクスの論文を送ると「すぐに来い」と言われました。現地に向かうと、前回とは待遇がずいぶん違う。宿泊代も出してくれたし、空港の入国審査でも外交官専用レーンを通してくれました。「まるで受かったみたいだな」と思いましたが、試験内容は以前と同じでした。3日間の試験日程を終え、帰国。3、4カ月待ったでしょうか。諦め始めていた頃、合格通知が届きました。うれしい半面、これが悪夢の始まりでした。

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