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【櫻田謙悟】人間の哲学や価値観は、25歳までに決まる

2019/9/22アンチ権力、協調性なし私は20代半ばまでアンチ権力で、あまり協調性がなかった。カッコよく言うと、群れるのが好きじゃない。そんな人間が今は、大勢の社員を引っ張る社長なのですから不思議ですよね。

私は1956年2月、東京都杉並区で生まれました。私がまだ幼稚園に通っていた頃、母親が病気がちだったので、入院している間はよく広島にある父親の実家に預けられていました。田舎なので、小学校6年生のガキ大将を頭にしたグループがあって、僕はお兄さんたちにくっついて遊んでいました。七輪でカエルを焼いて食べたり、SL の走っている鉄橋を渡ったり。映画『スタンド・バイ・ミー』の世界です。

そんなふうに東京と広島を行ったり来たりしていたので、同じ学年の子たちと一緒に行動するのに慣れていなかったのかもしれません。両親が言うには、あまりたくさん友達はいなかったようです。もちろん時々、友達とも遊んでいましたが、ある日、友達のお母さんがうちのお袋にこう言ってきたそうです。「謙悟君と遊んで帰って来ると、うちの子はクタクタになっていて、ご飯も食べずに寝てしまう。だからあまり一緒に遊ばせたくない」。トンネルを掘ったり、自転車で走り回ったり、目いっぱい遊んでいたせいかもしれません。そんなこともあって、みんなと一緒に何かをすることは少なかったですね。チームプレーは苦手それは中学、高校でも変わらなかった。クラブ活動はずっと剣道部。剣道は団体戦こそあれ、基本的には個人競技です。チームプレーは苦手でしたね。ひねくれた子供だったのでしょう。中高生の頃は、フォークソングをよく聴いていました。当時、吉田拓郎や加川良が人気でしたが、何か違う。訴えるものがないというか、人間ってもっと暗いはずだとか、そんなふうに思っていました。思春期真っ只中でしたから。

私は高田渡というフォークシンガーが好きでした。私の人生に最も影響を与えた人と言っていいかもしれません。「自衛隊に入ろう」という曲を知りませんか。1968年に発表された曲で、自衛隊を揶揄した歌です。あるとき、高田渡の映像を見たんですよ。「これはすごい」と衝撃を受けました。それからどっぷりハマり、高田渡が尊敬していた山之口貘の詩集を買ったり、米国のフォークシンガー、ウディ・ガスリーのレコードを買ったり。ウディ・ガスリーはボブ・ディランに多大な影響を与えたことが分かり、ボブ・ディランの曲も聴くようになりました。全員に共通しているのは、貧富で言えば貧、底辺の人のことを歌っている。アンチ体制、アンチ権力なんですよ。受験科目しか勉強しないそんな青春時代を過ごし、大学受験を考える時期になりました。私は、集中力はあるけど持続力がない。浪人したら、ズルズルと2浪、3浪、4浪となる可能性があるので、石にかじりついてでも、現役で合格したかったのです。そこで戦術を考えました。まず科目を絞り込むこと。3科目、かつ数学で受験できる大学に絞りました。そう決めてからは、合格するために必要なことしかやりませんでした。受験科目以外の授業にはほとんど出ず、図書館で勉強していました。

担任は保健体育の女性の先生で、よく怒られましたが、さほど気にしませんでした。かわいくない生徒ですよね。早稲田大学商学部に合格したと報告に行ったときも、「おめでとう」ではなく、「卒業できたらね」とニヤッと笑って言われました。なんせ保健体育の授業には出ていなかったので、単位が足りていない。この先生に単位をもらえないと、高校卒業の資格がもらえない。きっと「保健体育なんて」という顔をしていたのでしょうね。とにかく平身低頭で謝り、補習も頼んでやってもらい、何とか卒業にこぎ着けました。彼女と遊んでばかりの大学生そうして大学に入ったものの、特別やりたいことはなかった。1、2年生の時は高校時代に知り合った彼女、今の女房と遊んでばかりいて、大学にはあまり行きませんでした。大学生になったら「好きなことしかやらない」と決めていて、実際、最初の2年間は全く勉強しませんでした。

ケインズに目からウロコただ、せっかく大学に入ったのだから、好きな学問をやろうと思い立ちました。最初にチャレンジしたのが、カール・マルクスの『資本論』です。アルバイトをして全3巻を買いましてね。実を言うと、1.5巻くらいで挫折しました。それに関連して興味を持ったのが、近代経済学の雄であるジョン・メイナード・ケインズです。大学3年からは、ゼミでケインズについて学び始めました。教材として与えられたのが、ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』です。指導教授からは英語の原著で読むように勧められました。ただ、日本語で読んでも分からないほど難解なので、原著と翻訳書の両方を読んでいいことになりました。目からウロコでしたね。

それまでの経済学をずっと支えてきたアダム・スミスなどの主流派は、経済は必ず均衡するものであると唱えてきました。需給均衡がベースで成り立っていて、均衡していないときというのは、どこかに矛盾があるからだ。例えば、賃金が高すぎる、と展開させるわけですね。つまり市場は常にパーフェクトであるという前提です。それに対してケインズは、市場は常に間違っていると主張しています。常に間違っている状態を繰り返しながら均衡に向かっていく。需要が足りない、有効需要が起きないときに政府は無駄遣いを勧める。有名な話ですが、労働者1000人を集めて道路に穴を掘り、掘り終わったらそのまま埋めさせろ。それで需要が生まれるという話をケインズはしています。「すごいことを言う人だな」と思いました。完全には分かっていないと思いますが、かなり真剣に読みましたから、多少なりとも理解できていると思います。特に鮮明に覚えている部分があります。最終章である第24章の文末の一節です。「どのような知的影響とも無縁であるとみずから信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である」とあります。つまり、どんな人も先達たちの影響から逃れることはできない、ということでしょう。

これに続けてケインズは「経済哲学および政治哲学の分野では、25歳ないし30歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くはない」と書いています。これが非常に強く私に刺さったのです。当時、私は21歳。この一節を、その人の哲学や価値観は25歳ぐらいまでの間に決まってしまう、と理解しました。

自分に当てはめてみると、合点がいきました。確かに自分自身のパーソナリティーは高校生くらいで決まっているなあと。そこから先は努力しても無駄とは書いていませんが、これは大変だと思いました。自分を見つめ直す若い人たちに向けてスピーチをするとき、よくこの話をします。すると複雑な顔をする人がいます。特に34、5歳以上の人たちです。高校時代、自分がどんな人間だったか思い出してください。おそらく本質的な部分は変わっていないはず。そこで「もう手遅れ」と思わず、自分のやりたいこと、自分に向いていることをもう一度、考えてみることが大切です。仕事の進め方や価値観を見つめ直すきっかけになります。

おそらく今は、高校生の頃の自分に、何重にもさまざまなものが塗り固められていると思います。それがいけないかというと、そうじゃない。欠点を補い、長所を伸ばすという努力の賜物で、後天的に身に付けた徳や能力だと思います。そう考えれば、核になる部分は変えられなくても、いくつになっても自分次第で成長できるのではないでしょうか。

アンチ権力で、協調性のない私が社長になれたのは、きっと仕事を通じてさまざまなものを塗り固めたから。たくさん失敗したし、修羅場もくぐりました。あの経験がなかったら、ただのわがままで自分勝手な、独りよがりな人間だったんじゃないかなという気がします。

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