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【大迫傑】僕が日本を飛び出して「世界」で戦う理由

2019/9/25「記憶」に残る、激しい戦いだった。2019年9月15日、来年の東京オリンピックのマラソン代表選手を決めるMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)が開催された。男子は国内のトップ選手30名が勢ぞろいし、たった2つの内定枠を巡るデッドヒートは日本中のスポーツファンを釘付けにした。しかし、本命とされた男は3位に終わり、東京オリンピックの内定を獲得できなかった。男子マラソン日本記録保持者、大迫傑。アメリカのオレゴンを拠点にトレーニングを重ねるトップランナーだ。MGCを大迫はどう振り返るのか。また、今年8月末に初の著書を出版した大迫が、競技を通じて世の中に伝えたいこととは何か。NewsPicksは、MGC後の大迫にインタビューし、今の心境と野望を聞いた。

「判断ミス」が全てだったレース前の下馬評は、4強の争い。大迫に加えて、前日本記録保持者の設楽悠太(HONDA)、2018年のアジア大会で優勝した井上大仁(MHPS)、服部勇馬(トヨタ自動車)の4人が中心になると予想されていた。

レースの序盤から抜け出したのは設楽だった。スタート直後から、日本記録並みのハイペースで独走。中間地点(約21キロ)では大迫や服部が形成する2位集団に、2分の差をつけていた。しかし25キロ過ぎ、設楽が一気に失速。5キロを残して2位集団に飲み込まれ、上位争いから脱落した。勝負はラスト3キロのスパート合戦にまでもつれ、競り負けた大迫は3位に沈み、4強に数えられていなかった伏兵の中村匠吾(富士通)が競り勝った。

レース後、「力負けした」と語った大迫。MGCの結果をどのように受け止めているのか。大迫 いいレースができたと思っています。マラソンの難しさを実感できたので、自分がやらなきゃいけないことが分かりました。(日本記録を出すまでの)最初の3回のマラソンは僕にとって成功体験で、もちろんそこからも学ぶことは多かったですが、悔しい思いをしたからこそ、より分かることが多いと思いました。大迫は3000メートル、5000メートルでも日本記録を保持しており、スピードが求められるトラックレースでも国内でトップクラスの成績を収めている。そのため、ゴール手前のスピード勝負になれば有利とされていた。しかし今回、そのラスト勝負で敗れてしまった。大迫 本当にマラソンは、メンタルが占める割合が大きいと実感しました。1つの小さな判断ミス、小さな動きが後半の5キロに影響することが分かりました。観戦していると、後半の5キロだけで差がついているように見えるかもしれません。しかし最初の10キロ、15キロで誰かが先行した時に、僕が最初に反応してしまったので、その後、全て僕が反応する流れになってしまいました。そこをもう一呼吸置いて、誰かが反応するのを待つことができたら、もう少し足に力を残せて、最後の5キロ、10キロで勝つことができたかもしれない。今回、その必要性を実感しました。

ライバル「設楽悠太」との関係大迫の判断ミスを誘発したのは、スタート直後から飛び出した設楽だ。2人は同学年で、大迫は早稲田大学の、設楽は東洋大学のエースとしてしのぎを削り合った。2018年2月には東京マラソンで設楽が16年ぶりに日本記録を更新。悔しがった大迫は、「次が自分が絶対に出す」と意気込んでいたという(2018年10月に大迫が日本記録を更新)。たった2枠を争うMGCでその設楽が先に抜け出したのだから、レース前半の大迫の心境は穏やかではなかっただろう。大迫 (レースを振り返って反省すべきは)最初の10キロ、15キロの判断です。設楽選手が先行して焦ってしまった。想像してはいたんですが、予想以上に自分が焦ってしまいました。そこが全てだったと思います。

大迫と設楽は、箱根のスターで同学年、お互いに日本記録更新という共通点から、ライバル関係として捉えられることが多い。しかし公の場で2人が語り合う場面は少なく、これまで一緒のマラソンレースに出場したこともない。メディアがライバルと煽るほど、実際の接点はない。大迫は、設楽との関係をどう捉えているのか。大迫 設楽選手とは今までマラソンで一緒に走ったことはありませんでしたが、同期ですしお互いに意識はしているとは思います。ただ、周りが言うような「バチバチ」があるとか、お互いに強く意識しているかと言うとそこまでではないですね。メディアが取り上げるほど「ザ・ライバル」みたいな関係ではないと思います。試合では順位を争うので、周りを意識しないのかと言うとそんな事はありませんが、いくら意識しても自分がコントロールできるのは自分だけなので、多くの部分で「自分」に集中しています。

失敗したら一歩戻ればいい日本のマラソン選手はこれまで、実業団に所属して駅伝と個人競技を両立しながらオリンピックを目指すのが一般的だった。しかし近年は、実業団に所属せずに個人の大会に専念するプロランナーが増え始めている。その先頭を切ったのが大迫だった。大迫は2015年に日清食品を辞めて海を渡った。参加したのは、2012年のロンドンオリンピック10000メートルで金メダルを獲得したモハメド・ファラーなど、多数のメダリストがひしめく「ナイキ・オレゴン・プロジェクト」。

アメリカの長距離選手強化を目的としたこのチームに、大迫は唯一のアジア人として所属を許されている。実業団を辞めてオレゴン・プロジェクトに参加したというユニークな経歴も、大迫に注目が集まる理由の一つだ。なぜ、アメリカに拠点を移す決断をしたのか。大迫 多くの人は、一歩踏み出すことに「恐怖」があるんじゃないかと思います。僕の場合は、逆に行かないことに恐怖を覚えました。よりレベルの高い環境に行かないことでこのままで終わってしまう恐怖や、自分が頭一つ抜けられない怖さがあって。

撮影:加藤昌人挑戦して失敗したら、少なくとも「失敗した」ということは分かりますし、一歩戻ればいいだけです。でもやらないで失敗したら、(挑戦することによって)失敗するかどうかすら分かりません。何も知らないまま現状維持というのは、逆にすごく怖いと思っています。もちろん、(国外の環境を)知らずに淡々とやって強くなった人もいるので、必ずしも自分の方法が正しいとは言えませんが、僕はそっちの方が楽しいし、合っていると思います。僕は、自分が「新しい道」を作りたいと思っています。今の選手たちは中学、高校、大学と推薦入試で入って、実業団で陸上を続ける人が大半です。プロになったとしても(続けていくのは)なかなか厳しいと思うんです。そこで、もう一つの選択肢として、例えばアメリカの大学や大学院に通いながら競技ができる環境があればいいと思います。最終的に競技を取るのであればそれでいいし、日本に戻って仕事するならそれでもいい。常に選択肢がある環境を整備できたらと思っています。

秘密集団「オレゴン・プロジェクト」大迫が所属するプロジェクトの内部は、メディアにはほとんど公開されておらず、練習メニューが外部に明かされることはない。かつて早稲田大学の監督時代に大迫とオレゴン・ブロジェクトを訪れた渡辺康幸(現住友電工監督)は、そこで見た練習内容について口外しないように強く念押しされたという。そうした“秘密主義”がさらに興味を呼び、世界中の陸上関係者がオレゴン・プロジェクトに注目している。世界のトップランナーが集まる「秘密集団」は、どのような練習をしているのか。大迫 アメリカで世界最先端の科学的なトレーニングをやっていると思われがちですが、そうでもありません。僕も初めて行く時は、科学的なトレーニングや何かしら特別なものがあってみんな強いんだろうなと思っていたんですが、実際に見てみるとそうではありませんでした。練習は細かい部分は日本と違いますが、当たり前のことをちゃんと積み重ねていくということしかやっていません。

逆に、世界のトップで走っている選手も僕らと同じ事をやっているんだと衝撃的でした。違いは練習の質の濃さだと思います。実力についても、当初は所属選手たちと僕の間には大きな差があるんだろうと思っていました。もちろん最初はレベルが違いましたが、意外と「積み重ね」の問題で、彼らも「より速く、より長く」というのを単純に追い求めているだけだと思います。今では彼らに追いつくことは決して不可能ではないと感じています。毎日毎日、練習に必死についていかないといけないので、その緊張感やプレッシャーが徐々に僕を強くしてくれていると感じています。日本人に「チャンスあり」MGCを終えた大迫は米国に戻り、再びトレーニングを積みながら来年の東京オリンピックを目指すことになる。しかし、置かれた立場は微妙だ。東京オリンピックの代表枠は3つ。そのうち2つはMGCで決まり、3位に終わった大迫は内定を獲得できなかった。3枠目は、これから半年間の指定レースで2時間5分50秒の日本記録を更新した最も上位の選手が勝ち取ることになる。逆にもし日本記録が更新されなければ、MGC3位の大迫が東京オリンピックへの切符を手にすることができる。もちろん大迫が指定レースに出ることもできるが、できれば夏に控えたオリンピックに疲労を残したくないのが本音だろう。

大迫 今後のことは、まだコーチと話していないので分かりません。(出場せずに)待つにも強い気持ちが必要ですし、走るにしてももう1回頑張らなくてはいけないので、やはり強い気持ちが必要です。どちらに転んでも「覚悟」が必要だと思っています。まずはしっかり休むことがトレーニングの一つでもあるので、心身ともにリラックスして、「これから」というところですね。9月、10月は比較的ハードな練習もなく、まだ時間があるので次のレースが決まったらそこに向けて練習を組み立てていきたいと思います。来年29歳を迎える大迫にとって、東京オリンピックはメダル獲得を狙える絶好の機会だろう。かつて男子マラソンは日本のお家芸と期待されたが、日本選手のメダル獲得は1992年を最後に途切れている。大迫や日本選手に、メダル獲得のチャンスはあるのか。

大迫 (東京都出身で)地元というのもありますし、自国開催というのが大きい。多くの人に注目されるというのはモチベーションになります。メダルを取りたいという気持ちはもちろんありますが、まず目先の目標に向けてやらなければいけないことがあるので、しっかり準備してステップアップしていかないといけません。

まずは、もっとメンタル面のタフネスをレベルアップするというところ。練習に関しては詳しくは言えませんが、MGCで前を走られた2人を見て、ちょっと思うこともあるので、そのあたりのフィジカルの部分もコーチと相談して、少しずつ変えていきたいと思います。世界とは、フィジカルで差がないと言えば嘘になります。ただマラソンはトラック種目に比べてメンタル面が占める割合が多いと思います。だからこそ(気温が高い)夏に行われるマラソンのように、より戦略やメンタルが重要になる大会では、日本人が上位に食い込むことや白人選手がメダルを取ることもあり得ます。いわゆる「記録」は、涼しかったり、コースのアップダウンや風がなかったりといったフィジカル重視のレースで出されたものだと思っています。でも、アップダウンがあったり、暑い本番のレースでは、より戦略と「メンタル」の強さが求められてくるので、勝つチャンスは十分あると思っています。(*文中敬称略)

大迫はこれまで、自身のSNSで日本選手権の出場基準を巡って問題提起を行うなど、発信力の高いアスリートとして知られている。
そんな大迫は最も注目度が高まるMGCを直前に控えた2019年8月、初めての著書『走って、悩んで、見つけたこと。』を発表。
マラソンに取り組む上での「競技観」や、アメリカ挑戦の意味、さらには自身の経験をもとにした教育論まで、思いや思考法を綴っている。

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