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【櫻田謙悟】日本人はすぐに人に頼る。甘えるな

2019/9/25ドイツ人と自分の挨拶の違い1992年3月、私はフィリピン・マニラにあるアジア開発銀行に赴任しました。35歳にして、それまでの知識や経験がほとんど役に立たない状況に放り込まれたのです。私は人事予算局に配属されました。プロフェッショナルスタッフと呼ばれるメンバーが7人。ニュージーランド人、韓国人、インド人、フィリピン人、アメリカ人、ドイツ人、そして日本人の私です。

このうち、博士号を持っていないのは私と韓国人の2人だけ。ただし韓国人のメンバーは公認会計士でした。まず驚いたのは、初日の挨拶です。歓迎のランチ会でのことでした。この日、新たに配属になったのは私とドイツ人の2人。そのドイツ人は自信満々の表情でこう話しました。「私はマクロ経済学の博士号を持っています。これまでの経験や知識を使って、みなさんができない方法でこの組織に貢献したい」。私は「すごいことを言うやつだなあ」と思いました。一方、私は極めて日本人的に「右も左も分かりませんが、ご指導のほどどうぞよろしくお願いします」と挨拶しました。みんな一応パチパチと手をたたいてくれましたが、ドイツ人に向ける拍手のほうがはるかに大きかった。私のスピーチを聞いた仲間は「櫻田は何のためにここに来た? 役に立たないじゃないか。チームでアウトプットするといったって、一人一人にミッションがある。それに失敗したらカバーしなきゃいけない。右も左も分からないやつをよこすなんて、僕たちが困る」と思ったのでしょう。

また、毎日夜の8時まで仕事をしていたら、インド人の課長に呼び出され、「残業は生産性が低い証明だ。仕事の配分ができていない。第一、8時までかかる仕事を与えていない」と怒られました。「君を正採用できない」そんな数々の洗礼を受けたものの、次第に現地になじみ、何とか頑張っていたつもりでした。ある日、課長に呼ばれました。私はてっきり仕事ぶりを褒められるとばかり思っていましたが、全く見当はずれでした。彼はこう切り出しました。「このままだと試用期間終了後、君を正採用できない」。

アジア開発銀行では入職後、半年間の試用期間があります。試用期間が終わり、正採用されるとそこからやっと給料が上がります。もし採用されなければ、クビです。私は全く予想していなかったのでびっくりして、課長に理由を聞くと、「とにかく君の場合、課題は英語だ」と言われました。「話す」より「書く」ほうが問題でした。ここでのビジネス文書はいわば論文ですから。オーストラリア人のMBAホルダーでさえ「全然駄目だ」と怒られていましたから、日本人の私では相当ハンディがありました。課長に宣告された時点で、試用期間は残り2カ月。おそらく課長は私に猶予をくれたのだと思います。私は「正式に採用されなかったらどうしよう」と焦りました。会社を辞めて来ていますしね。「日本のことは考えなくていい。思いっきりやってこい」と言われて来たので、「思いっきりやってみましたが、結果クビになりました」ではカッコ悪い。当時、極度のストレスのせいか、夜中にしょっちゅう鼻血が出ていました。フィリピンの歌舞伎町へそこで師と仰ぐ、日本人の先輩職員に相談しました。かつて米国の大学で25年間も教壇に立っていた人物です。私が「正採用されないかもしれない。英語が課題だと言われた」と事情を説明すると、「要求されていることができないのだからしょうがない」と言いながらも、「今晩飲みに行こう」と誘ってくれました。「優しいな」と思って案内されたパブは、フィリピンの中でも治安が悪い、怖いところにありました。東京で言えば、新宿歌舞伎町の外れみたいな場所です。

夜も12時を過ぎた頃、彼が急に「じゃ」と帰り支度を始めた。こんなところで1人にされたらかなわんと「ちょっと待ってください。僕はどうやって帰るんですか?」と言ったら、「何を考えているんだ。俺に送ってもらうつもりだったのか? 駄目駄目」とさっさとタクシーに乗って帰ってしまいました。取り残された私は地理もよく分からず、身の危険を感じながら、何とかタクシーを拾って、ホテルにたどり着きました。翌日、お礼とともに文句を言いに行ったら、えらく怒られました。「だから駄目なんだ、日本人はすぐに人に頼る。アメリカやイギリスでは幼い頃から『自分の足で立ちなさい』『自分で考えなさい』と言われて育つ。反対にお前たちは『ああしなさい、こうしなさい』で育っている。だから常に指示待ちだ。甘えるな」と言うのです。深夜の街に私を置いてきぼりにしたのは、それを教えるためだったのでしょう。

そのとき私は相当、深刻な顔をしていたのかもしれません。「本気でやる気があるか?」と聞かれ、私が「もちろんあります!」と答えると、彼はこう言いました。「大企業や役所やシンクタンクから来ているのが大勢いるだろう。あんな素人は駄目だ。遊びじゃないんだぞ、税金で食っているんだからな、ここは。徹底的にやれ」と。そうして英語力を鍛える方法を教えてくれました。英語に才能は必要ない「お前の英語力は小学生並みだから、これだけやれ」と言われたのは、「何でもいい。『エコノミスト』で興味を持った記事があったら、1つのアーティクルだけでいいから、何回も読み返せ。それを続けるうちに言い回しを覚えるはずだ。そこまでいったら、今度は使ってみろ」。

(出所:「The Economist」の公式サイト)教えられた通り、それだけを繰り返したら英語は上達し、無事正採用されました。同僚のオーストラリア人が書いたリポートの英語を直したこともありましたよ。本気になって取り組めば、大抵のことはできるようになる。いわば筋トレみたいなものです。筋トレなら誰にだってできる。特別な才能は必要ないのです。

とはいえ、私自身が最後まで諦めずに頑張れたのは、職を失うという危機感があったからだと思います。クビになって安田火災に戻ることはどうしても避けたかった。カッコよく凱旋とまではいかなくても、無事に帰りたかったのです。サクソフォンを習うつらい、大変なことばかりでなく、いい思い出もありますよ。その一つが、趣味のサクソフォンのレッスンを受けたことです。

大学時代からジャズをよく聴いていて、特にサクソフォンが好きだった。この機会に聴くだけじゃなく、自分でも演奏してみたいと思い、いい先生を友人から紹介してもらいました。マンツーマンで、1週間に1回、2時間半。2年半ほど続け、楽譜を見ながら吹けるまでになりました。時々、職場のパーティーなどで披露したものです。こうした特技は外国人と付き合ううえで役立ちました。話題の豊富さは大事です。ゴルフだけでは駄目ですね。

加えて、大使館からの依頼で、子供たちに剣道も教えていました。これもすごくいい経験でした。フィリピンだけではなく、イギリスやオランダ、日本など各国の子供たちに、剣道の良さを英語で教えるという面白さがありました。アジア開発銀行で過ごした4年間は、私の人生を左右する貴重な経験でした。

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