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【高濱正伸×数学教師】プログラミング教育より大切なこと

2019/10/29 教育×ITの「EdTech」や小学校におけるプログラミング教育の必修化など、激変する教育環境を最前線の教育者はどう捉えているのか? 

 日々、子供たちとの真剣勝負を繰り広げるカリスマ教育者に、今そこにある現実を語ってもらった。

悪意なき親の言葉の罪深さ──新しい時代を生き抜くために、子供たちにどのような教育を施せば良いのか、保護者や教育関係者は頭を悩ませていると思います。高濱 先日刊行された新井紀子さんの『AIに負けない子どもを育てる』も話題ですよね。この本では非常に重要なことが指摘がされています。たとえば最近、幼稚園の園長先生に聞いた話ですが、体験入園で「ゾウさんの真似をしてみよう!」というと、子どもたちは自分なりのゾウさんを演じるのではなく、「ゾウさんってこれでいいのかな?」と正解を気にしながら遊ぶのだそうです。あるいは、2歳児がぐちゃぐちゃの線を引いて「犬を描いた」と親に見せる。すると、親が「犬なら耳を描かないとダメだよ」と言ってしまう。つまり、子どもたちが常に親が考える「正解、不正解」、「良いこと、悪いこと」という既成の概念や評価軸に縛られてしまっているんです。本来、耳なんてなくても、「これが自分が思う犬なんだ!」という部分がアートなのに、幼児がすでに、大人の決めたルールの中で評価を気にしながら生きるようになってしまっている。その結果、自分が何が好きかわからない、自分では何も決められないという子どもが増えています。もちろん、親にはまったく悪意はありませんが、「これが社会の中では正解だ」という、ある意味洗脳を受けている状態なので、とても根深い問題です。この点で、新井さんの著書は“悪意のない親の言葉の罪深さ”を指摘した初めての本だと思います。

──「AIに負けない」と言いながら、親が型落ちのコンピューターのようなシステマティックな思考にとらわれている。井本 そこに関して言えば、自分が接するのは主に中学生からですが、ここ5年くらいで「○○していいですか?」と許可を取りにくる子どもが急増しています。つまり、家庭なのか学校なのかわかりませんが、自分がやりたいと思っても「ダメダメ」と押さえつけられて生きてきたのだと思います。これはとても残念なことです。高濱 常に他者の評価の中で生きる。これが最大の不幸の方程式で、評価の軸が自分の外にあるから、自分の「好き」を見つけられない。それで30歳になって「何が好きなのかわかりません」って、「じゃあ、今まで何をして生きてきたの?」という話になるわけです。子どもを「見る」ことに集中する──井本先生の授業には、全国から多くの教育者が勉強にくるといいますが、どんな授業をされているのでしょう?井本 自分の場合、「こういう授業」というのはなくて、ただ子どもたちを「見る」だけです。そして、どうすれば子どもたちがプルプルと目を輝かせていられるのかな、ということだけを考えています。ありがたいことに、自分の授業を見て「感動した」という声をいただくこともありますが、それは授業が優れていたのではなく、子どもたちが輝いていたから、そう映っただけだと思います。高濱 本当に良い教育者ほど、「見る」ことに集中していくものです。

──具体的にはどこを見ているのでしょう?井本 何もなく、ただ見ているだけです(笑)。素直に、その子どもに対する興味。その子の将来とか勉強ができるかどうかとかにはまったく興味がなくて、今、どんな子なのかということだけを見ています。高濱 「感じる」とか「愛でる」に近い。井本 そうですね。教育こそ、愛がもっとも大切だと思います。今、多くの親や教育者が「見る」ことができなくなっているように思います。たとえば、「AIに負けない子どもを育てなきゃ」と目的をもって子どもを見た瞬間に、その子どものことが見えなくなってしまう。本人としては「しっかり育てなきゃ」「身につけさせなきゃ」という責任感をもって子どもを見ているつもりでいても、実際は「こうしなきゃ」「ああしなきゃ」という既成の概念や評価軸を見ているだけなんです。それでは、子どもの魂は死んでいってしまう。高濱 ノウハウ的な教育本が売れますが、ほとんど意味がないと思いますね。「こんな子に育てたいなら、こんな教育をしましょう」といっても、まったく同じ子どもは存在しないわけですから。今回、これだけは強く言いたいのですが、教育現場でも最近、何かというと「エビデンス」という言葉が飛び交うわけです。ですが、エビデンスを見て、子どもを見なくなってしまったら、終わりです。典型的な例でいえば、「試験の点数が良かったら何か買ってあげるよ」という「報酬志向」はエビデンス的には誤っているとされています。しかし、教育現場では報酬志向が合わない子もいれば、それでやる気が出る子もいる。これはごく当たり前のことであり、どんな時に子どもが生き生きしているのかは、その子をよく見てさえいればわかることです。それなのに、「その教育方法は、どんなエビデンスに基づいているのか?」なんて、馬鹿馬鹿しい話です。

──「エビデンスを見る前に、子どもを見ろ」ということですね。高濱 まったくその通りで、データ化・数値化されると大人は安心できるから頼りたくなりますが、そこに頼って「見る」ことを放棄してしまっては本末転倒です。「これがいいらしい」「あれもいいらしい」で縛りつけて、目の前にいる子どもが窮屈にしているのが見えていない。今、プログラミング教育の必修化でプログラミング塾に通わせようという親が増えています。機会や経験を与えること自体は素晴らしいことです。子どもは何にでも興味を持ちますし、それは親だからこそ果たせる役割です。同様に、モラルやある程度の基盤となる能力を身につけさせてあげることもそうでしょう。しかし、決して忘れてはいけないのは、その子どもが自分で興味を持って、生き生きしているかどうかです。良い成績を収めたから「この子の将来は安泰だ」なんてことを思っていたら、大間違いです。プログラミングが必修化されるということは、近い将来、プログラミングが標準装備になるということです。今、大人が「子どもの武器になる」と思って身につけさせたことが、その子が大人になった時に本当に武器になるかどうかは、誰にもわからない。たとえば、一昔前は「ゲームばかりやっていたら馬鹿になる」と言われていましたが、そんな中でゲームが好きで夢中になった子どもがプロゲーマーになっているわけです。つまり、その子どもの生きる力は、自分の「好き」を見つけること以外にないのです。他者の評価軸や価値観ではなく、自分の価値観や感性の中で、好きを見つけて、伸ばしていく。そして、自分の価値観で生きるからこそ、生きる「哲学」が生まれ、自分の人生を歩んでいける。他者の価値観の受け売りからは、決して哲学は生まれません。

挫折した子の人生は失敗か?井本 何が優れていて、何が劣っているか? 自分は世の中の優劣は幻想に過ぎないと思っています。自分の人生の中で、大きなターニングポイントとなったひとりの生徒がいます。その生徒は家庭でひどい虐待を受けていて、学校でも問題行動を頻繁に起こしていました。若い自分は責任感から「俺が面倒を見る」と担任を買って出た。しかし、まさにその責任感を持った瞬間から、彼のことを「見て」いなかったんです。なんとか導いてあげよう、救ってあげようと、自分の価値観やエゴばかりを押し付けていたんです。結局、彼は学校を辞めてしまいました。「あんなにかわいかったやつに、俺は何も見えてないくせに、なんて口うるさく、やかましく言ってしまったんだろう」。そう気づいた時に、本当につらくて自分も教師を辞めようと本気で思い悩みました。それから15年ほど経った頃、突然、SNSで彼から連絡がありました。廃人のような生活を送っていた彼は、ある日、テレビのドキュメンタリーである途上国の兄弟を見たそうです。その兄弟は仕事で初めてもらった給料で鉛筆を1本買い、ふたつに折って分け合い、「これで明日から勉強ができる」と喜んだといいます。その姿を見て「自分はいつでも勉強できるのに、何をやっているのか?」と一念発起し、学業の道に戻ると、自然と支援してくれる人々が現れ、今では将来を嘱望される物理学者として魅力溢れる男になっています。ですから、問題行動を起こして学校を辞めた彼が劣等生なのかとか、悲惨な家庭環境が哀れむべきものだったかとか、何を身につければ社会的に成功するとか、今の自分にとってはどうでもいいことに思えます。子どもをよく見て、プルプルと目を輝かせて生きられる瞬間があれば、それで良いんです。幼児教育の影響が大きいというエビデンスが広まったら、「小さい頃からしっかり教育しなきゃ」となる。じゃあ、そこで挫折した子の人生は失敗ですか? 何の意味もないものですか? 自分はそうは思いません。

──ただ、多くの親が自分と同等かそれ以上の教育を施してあげたいと考えるのも、親心です。井本 そうですね。だからこそ、そうした自分の願いだけでなく、お子さんをよく見てあげてほしい。そして仮に、自分の期待にお子さんが応えられなかった。そんな時こそ、親が自由になれる瞬間だと思うんです。子どもに期待しているその気持ちこそ、自分自身を縛り付けているひとつの価値観、幻想に過ぎないのですから。職業柄、たくさんの保護者の方と話をしますが、やっぱりお子さんが学業で躓くと、皆さん心配になります。でも、よくよく話していくと、その「テストの点数で優劣が決まる」という価値観から一番逃れたがっているのは、保護者の方ご自身なのだろうと感じます。「当たり前」のことを言語化する──ここまでお話を伺って、「子どもが生き生きと輝くこと」が大前提であるとのことですが、そのために親はどういったことを心掛ければよいのでしょうか?高濱 「見る」ことと地続きですが、「言語化する」ことです。子どもをよく見て、夢中でやっていること、出来ていることを言葉にして褒めてあげる。どんな簡単なことでも、言葉にすることで、子どもは計り知れない前向きなエネルギーを受け取るんです。ただ、義務的に「褒めなきゃ」と思って言ったのでは意味がない。寄り添って言葉にしてあげることが重要で、だからこそ「見る」ことが何よりの基本となるのです。井本 特に、子どもが「当たり前にできていること」を言葉にして褒めてあげてほしいですね。できたら褒めるは叱ると一緒。次もまたできなきゃいけないというプレッシャーになるだけ。当たり前にできていることをくり返し声かけをしてあげるだけで、勝手に自分で考えて、自分の好きを掘り下げていきます。たぶん、これは大人も一緒だと思いますが、大人って当たり前のことをできても褒められない(笑)。そして、子どもが自分で考えてやったことは見守ってあげてほしい。うまくできなくてもいいし、脱線も大歓迎! そのときが一番自分で考えているときだから。そういうとき、子どもは必ずパッと大人の顔を見るんです。そこで大人が心配そうな顔をしているか、ニコッと笑って背中を押してあげられるかで、子どもは見違えるほど変わっていきます。

高濱 子どもが自分の好きを見つけようとしている時、笑顔で見守って安心させられるかどうか。これは裏を返せば、親が安心して子どもに接することができているかどうかなんです。今は核家族化が進んで、親が孤立しているケースが多い。社会の中で誰かと一緒に子育てができれば、誰かが叱っても、誰かが笑顔で見守ることができる。しかし、親が孤立すると、余裕がなくなって叱ることしかできなくなっていきます。巷によくある「天才の作り方」的なノウハウに縛られている親も、その意味で「子どもをこう育てよう」という枠組みの中で余裕がなくなり、子どもの「好き」を潰してしまう。繰り返しになりますが、「AIに負けない子ども」を育てたいのなら、まず第一に子どもの「好き」を育むことがもっとも重要で、「AI時代を生き抜くスキル」とか「これからのエリートに必要な素養」などといった題目は必要ないんです。そんなものが子どもが大人になった時に本当に大切なものかどうかは誰にもわからないし、誰かの受け売りの価値観や評価軸で生かされている限り、自分の「好き」も「哲学」も生まれません。井本 今は「こういう教育をしましょう」「こういう親でありましょう」という情報が多すぎて、しかも多様化とは逆に画一化されているような気がします。「データ的にこれがベスト」だと。だから、親にもプレッシャーがかかるし、心配すると思うんです。でも、親も迷いながら、子どもと向き合っていけばいい。迷うということは、自分で考えているということですから。逆に一番危ういのは、誰かの受け売りを妄信して、迷いがない状態だと思います。子どものことを思っているつもりでも、まったく見えなくなってしまう。たとえば、自分はよく子どもたちに下のような問題を出すことがあります。三角錐と四角錐をくっつけてできた立体をイメージさせる問題ですが、ロジカルに考えると「4+5-2=7面体」となる。ところが、実際に組み立てさせると、答えは7面体とは限らないことに気付く。

つまり、一見論理的に正しく見えたり、「これが正しい」と世間で認められていたり、誰かイケている人が言っていたりするようなことが、必ずしも現実世界の正解とは限らないんです。だからこそ、目の前にいる子どもをよく見て、向き合うことが何より大切なんです。高濱 画家の子どもは集中力が高い傾向がありますが、これはエビデンスとかデータとかの話ではなく、親が自分の哲学と感性で人生を歩んでいるからでしょう。その姿が何よりの教材になる。子どもは本当に何にでも興味を持つし、自分で好きを伸ばしていく力を持っている。親にできるのは“経験の粒”を与えてあげることだけなので、何かの枠組みにはめこもうとせず、その力を信じてあげてほしいですね。

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