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【3分解説】泥沼ブレグジット。期限「3度目延期」のポイント

2019/11/1

混迷極まる協議は「再々延長戦」へ──。10月31日が協議の「締め切り」だったはずのイギリスのEU(欧州連合)離脱(ブレグジット)問題。だが、いまだ着地点すら見えない状況だ。イギリスとEUの間で10月17日、新たな離脱協定案について合意したものの、英国議会で承認が得られず、協議期限を2020年1月31日まで延期することになった。離脱期限の延長は今回で3度目。次の焦点は12月12日に行われる総選挙となる。

2016年6月23日の国民投票からはや3年4カ月。この間、先行き不透明なイギリスの情勢に産業界は振り回されてきた。では、イギリスがEUを離脱することで産業界にどんな影響があるのか、またズルズルと協議が長引くと経済にどんな影響が及ぶのか。素朴な疑問を基にポイントを改めておさらいする。

イギリスのボリス・ジョンソン首相は10月17日、EUとの間で離脱協定案をとりまとめた。
協定案の大筋の内容は、北アイルランドとの国境に関する規定などについて新しい内容を含むが、大筋はテリーザ・メイ前首相がとりまとめた内容を踏襲している。与党保守党は、12月の総選挙で国民にこの離脱案を問うことになる。総選挙で与党保守党が議席の過半数を獲得すれば、離脱の手続きを前に進めやすくなり、2020年1月末の離脱が現実味を帯びてくる。一方、野党労働党は、EUと離脱協定を再交渉し、新しい離脱案をまとめた上で、再び離脱か残留かを問う国民投票を実施する可能性を示唆している。つまり、12月の総選挙は、実質的に「離脱か」「残留か」を問う側面があるということだ。

EUを離脱することによってイギリス経済が受ける影響はかなり大きい。英国立経済社会研究所(NIESR)は、イギリスがEUを離脱した場合、EU域内に止まった場合に比べて、イギリス経済は年3.5%縮小すると試算している。またNIESRの試算によると、2016年の投票でEU離脱が決まって以来、すでにイギリス経済は2.5%縮小している。離脱が実現すれば、さらに損失が大きくなるということだ。

イギリスのボリス・ジョンソン首相(写真:ロイター/アフロ)

現在のところ、離脱協議の期限は2020年1月31日だ。だが、正式な手続きを経て離脱が決定したとしても、そこで終わりではない。イギリスとEUの離脱協定案によると、イギリスはEUの単一市場から離脱し、各国とFTA(自由貿易協定)を結び直すことになる。それらの条約の結び直しを、イギリスと各国が関係を協議する「移行期間」として定められている2020年12月末までに行わなければならない。仮に2020年1月31日に離脱が正式に決定したとして、残された移行期間は11カ月。その間に、EU時代に貿易を行なっていた全ての国とFTAを結び直すことはできるのだろうか。

(kyoshino/istock)第一生命経済研究所の田中理氏は「イギリスは過去数十年、EUを通じて通商交渉を行なってきたため、関連人材も不足しています。過去のEUの貿易協定締結でさえ最短でも4年かかっており、約11カ月の移行期間で、各国との協定締結を全て完了させるのは困難でしょう」と分析する。なお、2020年12月末までの移行期間も、1度限り延長をすることが可能だ。12月末から1年あるいは2年の延長が可能だが、その場合はEUに「延滞料金」を支払う必要がある。ここでも、ずるずると離脱協議を先延ばしにしてきたツケが回ってきているのだ。

期限までにFTAを締結できなかった場合、イギリスはEU諸国と何の取り決めもないまま貿易をすることになる。これがいわゆる「合意なき離脱」の状態だ。この場合、WTO(世界貿易機関)が定めるルールで貿易を行うことになる。また合意なき離脱の状態では、EU域内の取引では不要だった関税の手続きなどが発生するため、物流や関税が混乱するとみられている。この合意なき離脱の影響を大きく受けるとみられているのが、製造業だ。日本企業も例外ではない。帝国データバンクの調査によれば、2019年3月時点でイギリスに進出している日本企業は1298社あり、そのうち約4割は製造業だという。

例えばイギリスの工場で造られた自動車をEUに輸出する場合、WTOルールでは約10%の関税がかかる。イギリスの工場で製造する車の約7割がEU向けの日産自動車は大打撃を受ける可能性が高い。日産の欧州事業のトップを務めるジャンルカ・デ・フィッシ専務は合意なき離脱のリスクについて、報道陣に「ここで事業を続けたいが、EUに輸出する車に突然10%の関税がかかれば、将来にわたって持続することが難しくなる」と語っている。

一部の企業にとっては、EU域内で事業を行うためのライセンスを失うことも大きな打撃になる。その代表が金融業の「単一パスポート」だ。単一パスポートとは、金融機関が同じ免許で単一市場内で自由に業務できる制度のこと。イギリスでこのパスポートを取得すれば、EU域内で自由に経済活動を行うことができる。対象となる分野には保険業や投資運用なども含まれる。この単一パスポート制度によって、欧州の金融業は大きく発展した。世界有数の金融街であるロンドンのシティには、大手金融機関が欧州の重要拠点を置き、人員を配置してきた。イギリスがEUから離脱すれば、企業はその拠点をEU域内に移す必要がある。すでに欧州銀行監督機構(EBA)はイギリスからフランス・パリに移転。大手金融機関も欧州の拠点をイギリス国外に移している。

製薬業も似たような構造にある。これまでEUで統一されていた医薬品の許認可にまつわるルールなども、金融の単一パスポートと同様に通用しなくなる可能性があるのだ。新薬の承認や医薬品の安全性の監督を担当する欧州医薬品庁(EMA)は、イギリスからオランダ・アムステルダムに移転してしまった。イギリスに拠点を持つ医薬品製造の武田薬品工業は、直ちに影響はないとしつつも「イギリスがEUとは異なる新たな医薬品の許認可基準を設けた場合は、業界として対応をする必要がある」(武田薬品広報担当者)と話す。

(出所)取材を基に編集部作成金融や製薬以外にも、公用語が英語でコミュニケーションが取りやすいイギリスに拠点を置いてきた企業は数多く存在する。そういった企業が流出することによって、周辺一帯の経済に大きな影響が出る。「金融やライセンスのような、実体を伴わない『サービス業』までを幅広くカバーしたFTAの事例は過去に存在しない」(田中氏)という事情もあり、単にEU時代に適用していたルールを「コピペ」すればいいわけではない。英国と周辺国は新たなルールづくりにおいても、頭を悩ませることになりそうだ。

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