2019/11/15
ロボットアームが建てた家ここはニューヨーク州ギャリソンの森林地帯。
巨大なロボットアームが、建物の土台を見下ろしている。
土台が回転を始めると、ロボットアームはその上から、玄武岩とバイオポリマーの混合物であるドロドロとした物質を流し込んでいく。
回転が進み、物質の層が蓄積していくと、タマゴ型の建築物が姿を現す。
さながら天才パティシエの神業を見ているかのようだ。
建物は高さ7.3メートル、広さ46平方メートルの2階建て。
内部にはスリーピングポッド、シャワー付きのトイレ、デスクスペースなど、短期滞在型の施設に求められる要素が一通りそろっている。
実際、短期のレンタルハウスとして使われる予定だ。
同時にこの建物は、「住宅の未来」を示すものでもある。
AI Space Factory低コストで、デザインも自在「TERA(テラ)」と名付けられたこのプロジェクトは、3Dプリンター住宅の最も新しい取り組みのひとつだ。
このジャンルのイノベーターたちは、1000年もの間、本質的にはほとんど変わっていない住宅建築の方法論に革命をもたらそうとしている。
コストを削減し、環境への悪影響を抑え、事故による被害を軽減するのが彼らの狙いだ。
いまやおなじみの存在になった3Dプリンターを活用すれば、速乾性と柔軟性を兼ね備えた物質から、建物の配管、内部構造、家具などを自在に作ることができる。
最終的には、建物そのものが3Dプリンターで出力できるようになるだろう。
建築家とエンジニアらは、このゴールにかなり近いところまで来ている。
住宅の部品を3Dプリンターで出力し、現場で組み立てるといったことはすでに行われている。
TERAの場合は、現場で建物の外壁を出力し、そこに木材でできた内部を組み込むという形になるだろう。
残された最大のハードルは「屋根」を3Dプリンターで出力することだ。建築家たちは、様々な素材を用いて試行錯誤を繰り返している。
ネックとなるのは重量。
TERAは、数センチほどの厚さしかないドーム型の屋根を採用することで問題を解決している。
AI Space Factory「火星用住居」が発想のベースTERAを設計したのは、マンハッタンの建築会社「AIスペース・ファクトリー」。
同社は火星用住居「MARSHA」の設計によって、この5月にNASAから賞を受けている。
TERAは、このMARSHAをベースにしたものだ(MARSHAの詳細は、ロンドンのデザイン・ミュージアムで2020年2月23日まで開催中の「ムービング・トゥ・マーズ」展で見ることができる)。
MARSHAは、強度を評価する最終テストの過程で破壊された。
AIスペース・ファクトリーは、残された破片をTERAの建築素材として再利用し、「ゼロウェイスト」への取り組みをアピールしている。
火星の大気は、地球より100倍も薄い。そのことが、MARSHAのずんぐりとした外観を決定付けた。
内外の圧力差が解消されるにつれ、建物は内側から膨張していく。
建築素材を火星まで輸送するには法外なコストがかかるため、MARSHAは火山由来の玄武岩を利用して建てられる
──火星の表面を覆う土の下に、大量に存在する物質だ。
MARSHAの構想では、ロボットがこれらの材料を集め、加工し、その場に建物として出力する。
「宇宙の過酷な環境に対応するためのデザインは、地球上の問題を解決する一助にもなるでしょう」と話すのは、AIスペース・ファクトリーの共同創業者兼CEOであるデイビッド・マロット。
その場にある材料を使って住居を建てることができれば、地球の環境にとっては大きなプラスになる。
「われわれは、いわばハイテクによって石器時代に戻ろうとしているのです」
AI Space Factory災害支援やホームレス対策にも宇宙に対する関心の有無を問わず、3Dプリンター住宅を支持する人々は、環境面以外のメリットもあると確信している。
まずは建設スピードの速さ。
これは、災害時の避難所やホームレスの人々のためのシェルターを建てるときに、とりわけ大きなメリットとなる。
また、地元の資材を活用し、建設プロセスを自動化することによって、住宅建設のコストを大きく下げることができるだろう。
建設プロセスの自動化によって人の仕事が奪われるという懸念は根強いが、一方で3Dプリンター住宅を支持する人々は、建設現場の事故が減らせるというメリットを強調する。
労働安全衛生局の調査(2017年)によると、労働中の死亡事例の5件に1件は、建設現場で起きたものだという。
このように3Dプリンター住宅の経済効果は大いに期待できるものの、技術はいまだ発展途上であり、その恩恵を受けるのはまだ先の話になりそうだ(とはいえ、その日はそう遠くないかもしれない)。
(Justin Sullivan/Getty Images)低所得者のコミュニティに貢献3Dプリンター住宅市場のプレイヤーの中には、社会課題を強く意識している企業が少なくない。
テキサス州オースティンのスタートアップ「ICON(アイコン)」も、そのひとつだ。
いまや同社は、業界の先陣を切って理想を現実に移そうとしている。
ICONは、主として貧困層やホームレスの人々に3Dプリンター住宅の恩恵をもたらしたいと考えている。
「一般的に、彼らは最もテクノロジーから縁遠い場所にいる人々ですから」と話すのは、同社の共同創業者兼CEOであるジェイソン・バラード。
バラードは現在、コロラド鉱山大学に新設された宇宙資源科に在籍している。
昨年、ICONはサンフランシスコのNPO法人「New Story」と共同で開発した、広さ約30平方メートルの3Dプリンター住宅を発表し、大きな注目を集めた。
この建物は、同社の3Dプリンター「Vulcan I」によって出力され、材料には「ラヴァクリート」と名付けられたオリジナルの混合セメントを用いる。
なお、屋根には一般的な木材が使われている。
一度に3軒の建物を「同時出力」そしてこの5月、ICONとNew Storyは再びメディアの見出しを飾った。
ラテンアメリカの低所得コミュニティ向けに、3Dプリンター住宅50軒が並ぶ「村」を提供するというプロジェクトを発表したのだ(ICON社は、村の場所を特定することを避けた。
将来の住人のプライバシーに配慮するためだという。
なお、建設工事はまだ始まっていない)さらにICONは、NPO法人「Mobile Loaves&Fishes」と協働して、約50万平方メートルの敷地からなる「コミュニティ・ファースト・ヴィレッジ」にも住宅を何軒か提供する予定だ。
オースティンの長年の課題であるホームレス人口の低減を目指して、同ヴィレッジではRV車や狭小住宅などの「住まい」を、ホームレスの人々に提供している。
今後はここに、3Dプリンター住宅が加わるというわけだ。
9月、ICONは同ヴィレッジに第1号となる3Dプリンター建築を完成させた。
広さ約46平方メートルの受付センターである。
建設に要した期間はわずか数日間。時間にすれば、トータルで47時間といったところだ。
来年には、住居6軒が追加されるという。出力には、ICONの最新プリンター「Vulcan II」が用いられた。
このプリンターは一度に3軒の、しかもそれぞれデザインの異なる建物を出力することが可能だ。
ICON社の3Dプリンター住宅ハイテクだけど懐かしい多くの問題をはらんだこの地球において、「住宅の未来」は、AIスペース・ファクトリーのデイビッド・マロットが言うように、「石器時代に戻る」方向へと進むのだろうか?ニューヨーク在住の建築家であり、同じく火星用住居のデザインでNASAから賞を受けているマイケル・モリスはこう述べる。
「原始に戻るというより、地域密着型に戻るということなのだと思います。
その場にある資源を用いて、その場にいる人々を支えるための建物を、シンプルに効率よく完成させる。
それが、これからの住居建築の形になっていくのではないでしょうか」これはつまり、ローマ人がやっていたことなのです──と、モリスは付け加えた。
ローマ人は世界を巡り、行く先々で、その土地に合わせて工夫を凝らした建築物を残している。
今日の3Dプリンター住宅にも、ハイテクの産物であるにもかかわらず、どこか懐かしい雰囲気がある。
「いまではめったに見かけなくなった、アイリッシュ・コテージにも似た安らぎが感じられますよね」と、モリスは言った。
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